【周辺ガイド/屋敷の歴史】
「小川原家屋敷林保全計画策定業務委託報告書」から
小川原家の子孫も、馬込の歴史から、鎌倉時代に移り住んできたのではないかと考えられます。屋敷周辺に見られる歴史的構造物等は下記のとおりです。
・稲荷大明神・・・
北側樹林地に祭られている。鎌倉時代に祭られたとされており、ほこらは新たに作り直されたものである。祭りは昭和20年代頃まで集落の人たちが集まって行われていたようです。重さ28貫(1貫は3.75kg)の力石がおいてあり、祭りのときに皆で持ち上げて力比べをしたようです。
・構え堀・・・
屋敷の周辺に掘られているお堀で、屋敷裏に形跡を確認できますが、ほとんど消滅しています。屋敷は周りの屋敷林よりもやや低い位置に建てられているため、大雨時の雨水流入を防ぐために掘られたものとされている。現在残っている堀は、幅1m程度、深さ数十cm程度であるが、昔は深い場所で1m近くあったようです。
・屋敷・・・
今の屋敷は昭和48年に建て替えられたもので、以前の屋敷は、150年から200年近く建っていたものと考えられます。構え堀も前の屋敷を建てたときに掘られたものと考えられます。さらに、その前の屋敷は、現在の稲荷大明神の西側に建てられていたのではないかと推測されていますが、形跡はまったく残っていません。敷地内にはごく微妙な起伏がみられ、屋敷は屋敷林よりもやや低い場所に建てられています。
・大株の根本の洞穴・・・
昔、盗賊が攻めてきたときに、盗まれては困るものを埋めたとされている穴が木の根本に残されています。
・屋敷林・・・
屋敷林は、屋敷の南側と北側にあります。南側の林は昭和20年代頃まで薪炭林として使っていたようです。北側の林は、家の用材をとるためにスギが植栽されています。また、林の一部は、以前は畑であったとされていて、後に放置され植生遷移が進行したものと考えられています。
・お地蔵さん・・・
屋敷沿いのモチノキの下にあり、元禄の文字が刻まれているとこから、江戸時代に作られたものと考えられています。
・赤坂沼・・・
近くにある赤坂沼では、水鳥の観察もできます。
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